「富津市」東日本大震災追悼 祈りの花火

富津通信

こんにちは。「旅の、がっこう」の犬ポンです。

在住でも在勤でもない私が、千葉県富津市を勝手に応援、紹介する「富津通信」です。

東日本大震災から15年です。3月7日に富津市の竹岡魚港で東日本大震災を追悼する祈りの花火が打ち上げられました。東京湾に面する富津市は津波の被害はありませんでしたが、同じ千葉県でも太平洋に面する旭市では大きな被害を受けました。2011年3月11日は皆さんはどこにいましたか。私は横浜市鶴見区の勤務先(当時)でした。今まで経験のない大きな揺れと停電、羽田空港に着陸できない航空機が低空で旋回、対岸の千葉県市原の石油貯蔵タンクの火災で真っ赤に染まる空、無言で徒歩で帰宅する多くの人々、花火を見ながら改めて思い出しました。

地震

地震には、海溝型地震と直下型地震があります。東日本大震災は海溝型地震で、一昨年の能登半島地震や2016年熊本地震、1995年阪神淡路大震災は直下型地震です。海溝(水深6000m以上は海溝で、未満はトラフと呼ばれます)やトラフでの地震は津波を伴います。活断層のずれによる直下型地震は、活断層がある場所によっては津波が発生します。将来起こるであろうと言われている東京湾直下型地震では、富津市でも津波の危険性があるということです。

復興半ば

東日本大震災の被害を受けた人へのアンケートでは、15年たった今でも3割の人がいまだ復興、復旧が進んでいないと答えています。その多くは、賑わいや暮らしやすさが戻っていないと感じています。故郷を離れざるをえなかった人、戻りたくても戻れない人、震災の重りを背負ったままの人、様々な思いが重なった15年です。

災害は忘れた頃にやってくる

夏目漱石の教え子でもある物理学者の寺田寅彦の言葉です。2024年にタイ・プーケットを旅した時、海岸に津波が来て大きな被害を受けたという碑(2004年インドネシア・スマトラ沖大地震)が立っているのを見ました。私の近所にも大正6年(1917年)の地震で川を津波が遡ってきて被害を受けたという碑が立っています。しかし、文字が薄れているためよく見ないとわからないし、碑を見る人はほとんどいません。地震に限らず自然災害大国日本とわっかてはいますが、時間とともに記憶は薄れ、伝承する人もいなくなり、そんな時に再び大災害がやってきます。まさしく「災害は忘れた頃にやってくる」です。改めて、防災意識を高めるとともに、防災グッズをチェックしたいと思います。。

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